戦う君よ、世界を愛せるか。

飲めないのに酔っぱらっているDDがこちら

深読みでも考察でもないけど【乗り越しラブストーリー】についてブワーさせてくれ。

 
どうもお久しぶりです。
 
先日発売されたジャニーズWESTのニューアルバム【WESTival】
それを引っ提げたツアーが現在絶賛公演中、7人中3人がドラマに出演中、さらに新曲のリリースも決まり、いまのWEST担はそれはそれはもう楽しいオタライフをお過ごしの事かと思います。
 
さて、そのアルバム【WESTival】の通常盤には、恒例のユニット曲が収録されています。
神山くん・濵田くんのハイスキルっぷりが爆発している【GOD DAMN】
淳太くん・流星くん・小瀧くんが大人エロに挑戦した【Into Your Eyes】
照史くん・重岡くんが楽器と歌声で奏でる【乗り越しラブストーリー】
 
その中から今回はタイトル通り【乗り越しラブストーリー】について、思ったことブワーさせてください。
 
そもそも今回のユニットは、まず濵田くんが神山くんに「お前と踊りたい」とアプローチ、その次に「楽器をしたい」と言っていた重岡くんと照史くんがそこで一致し組むことに。
きりしげは「俺らが組むなら、男らしい感じをイメージするやろうけど、あえて逆のラブストーリーにしてみようかって」と、今回の曲に至った経緯を語る。
 
当初、作詞は半分ずつ分担する予定だったらしく、制作当時は照史くんが舞台【アマデウス】の公演中だったこともあり、ひとまず重岡くんが1番を書くことに。
しかし、重岡くんの書いた歌詞を見た照史くんは、そのワードセンスをえらく気に入り、このまま全部書いてほしいと依頼。そうして「作詞:重岡大毅」の楽曲が世に放たれることとなった。
 
 
私が今回ブワーする上で、まず強く前置きしときたいんですけど、これはいちオタクが曲を聴いて作り上げた【乗り越しラブストーリー】であり、正解でもなければ、不正解でもありません。
曲の解釈とは自由であるべきで、聴いた人の数だけの物語が存在しています。
だから、あくまでも私の中の【乗り越しラブストーリー】を書き残させてください。
かなり詳しく描写しているので、自分の中の【乗り越しラブストーリー】を少しでも歪めたくない人は今すぐ閉じるのが賢明です。

 
 
では。
 
 
 
 
 
 
ガタンゴトン揺れる僕らは
出会い別れまた恋をして
ドンと構えた僕の切符
乗り越しラブストーリー

 

「もらったデモテープの音がガタンゴトンって電車の音に聴こえたから、そこから色々膨らませた」
 
と本人が語っていたので、曲先でまず間違いないだろう。
ということは、一番最初にサビを持ってきたのは、そもそもの曲構成がそうだったのか、あるいは重岡くんの意図なのかはわからない。
このサビについては、丸々最後にも出てくるので、一旦保留にする。
ただ、『ガタンゴトン』『切符』『乗り越し』という言葉を提示することで、これは電車をテーマにした曲だということを最初に分かりやすく伝えてくれているのかもしれない。
 
 
 
「よっ」って言えよはよ
車窓透けた僕赤ら顔
こっち気づいてや
キレイなってる横顔
 
最初のサビの提示と『車窓』から、これは恐らく電車の中での出来事。
 
知り合いを見つけて、声をかければいいのに、車窓に映った自分は窓越しに見ても分かるくらい赤くなっていて。(ここで『透けた』という表現を使ってくる重岡くんがとても趣深い)
 
こちらからは気付いたけど、向こうからは気付かれていない、同じ車両だけど少し離れた位置にいるのだろう。
『キレイなってる』から、2人がしばらく会っていない関係であることが分かる。
 
つまりA1は
「電車の中で昔好きだった女性を偶然見かけたけれど、中々声が掛けられない主人公」
の様子が浮かぶ。
 
 
 
いつだって何だって繋いだ手と手
「めっちゃ幸せ」言うて見つめ合った
目を閉じて 思い出ひたっとったけど

 

回想その1。
「僕」が思い出す内容から、好きだった女性は片想いではなく、付き合っていた人だと見て取れる。
ならばすごく親しい間柄であったはずだ。それなのに「僕」は、声を掛けられずに、過去を想うばかり。
 
 
 

ドア開く まだ好きなんや

 

ふいに電車のドアが開く音がする。
目を閉じて幸せだった思い出に浸っていた「僕」は、その音でパッと現実に引き戻される。
そこで、まだ自分は「君」のことが好きなんだと気付いてしまう。だからこそ、気軽に声を掛けることが出来ないことにも。
 
 
 
ガタンゴトン揺れる僕らは
いったいどこへ向かってるの
ポケットつまづいた僕の切符
乗り越しラブストーリー

 

この曲に度々登場する『切符』
重岡くんはこの曲を作詞するにあたって、実際電車には乗らなかったものの、切符は買いに行ったのだという。
切符を眺めながら、開いた穴を何かに喩えられないかな?など色々試行錯誤したらしい。(尚、電車に乗っていないのに何故穴が開いていたのかは謎)
 
このお話から、私の中では【乗り越しラブストーリー】に登場する『切符』は「恋心」の暗喩のようなものになっている。
 
つまり『ポケットつまづいた僕の切符』は、終わったはずの恋なのに、捨てられずにまだ自分の中にあった恋心のことを指しているんじゃないかなって。何度も言うけど私の中ではね。
 
 
 
誕生日にくれた流行りのキャップ
実はサイズ きつい
「私も一緒に使いたくって」
ってエヘヘちゃうで

 

回想その2。
「二番はもっと具体的なエピソードを書いて欲しい」
という照史くんからのリクエストがあったらしいが、おかげでとんでもなくリアルな歌詞が出来上がり、ここで虫の息になったオタクたちも多いはずだ。(やあ同志よ)
まるで曲中の2人が実在していて、実際に起こった出来事かのような描写はすごいの一言である。(重岡くんはあくまで「妄想」だと言っていたので)
 
『流行りのキャップ』と言われてパッと浮かぶのはニューエラ等々だが、そうでなかったとしても、流行るようなキャップは高くたって一万円はしないだろう。それを誕生日プレゼントにするくらいだから、この2人が付き合っていたのは10代の頃なんじゃないかと、勝手に年代設定。
 
 
あと物語とは関係ないけど、
『〜くって」ってエヘヘ』の部分、このメロディーの文字数にこの文字の羅列する?ってくらい不思議な並べ方だなぁって。
『使いたくって』を『使いたくて』にして少し音を伸ばして調整することも、同じように『ってエヘヘ』も変えることが出来たのに、あえて『って』という言葉を連続で並べることによって、すごく独特でクセのあるフレーズになっている。
あ、何が言いたいかというと、私が今回の重岡くんの作詞から一番センスを感じた部分がここでした。
 
 
 
さて本筋に戻ろう。
 
 
怒らせたくて パシャリ寝顔
「もうやめて〜」って僕見つけてギュッ
アダムとイヴも二度見しとったやろ

 

回想その3。
「淳太が怒ってる顔を見るのが好き」
とたびたび口にする重岡くんのことだから、好きな子にもちょっかいかけてぷんすこさせるのが好きなんでしょうね、知らんけど。…あぁすみません、これは重岡くんのお話じゃなかったですね。
 
 
ここで突然出てくる『アダムとイヴ』は、この曲全体を通しても、ひとつだけものすごく浮いているフレーズだと思う。
「仮にアダムとイヴがこの場にいたなら、驚いて僕らのことを二度見することだろうな」と、そう思い返すような状態であった、と。
まあここはあんまり深読みしたくはないのだが、ニュアンスで言うと小鳥チュンチュンな朝の出来事なのかなぁと。(察して)
 
それを、このどこか切なくも基本的に全編ぽかぽかした雰囲気の曲に挟み込むなら、で重岡くんが使ったフレーズが『アダムとイヴ』だったのなら、ほんともう…ちょっと…重岡くん…。
しかも『アダムとイヴ』と云う西洋のある意味空想に『二度見しとったやろ』と云う、やけに現実感のある言葉、あろうことか関西弁をくっつけるんだから、その重岡くんのセンスたるや…。うん、もっと歌詞書こう?書いてください。
 
 
 
 

ドア開く まだ降りないで

 

1番で開いたドアが閉まり駅を発車した後、2番に出てきたような出来事を一駅分、また目を閉じて思い出していたのだろう。
しかし、同じようにドアの開く音で現実に引き戻され、目を開けて映るいまの「君」に『まだ降りないで』と心の中で願ってしまう。
それは、声を掛けたいからなのか、もう少し思い出に浸っていたいからなのか。
少なくとも、あまりにも未練が残っていることが察せられる一行だ。
 
 
 
ガタンゴトン揺れる僕らは
きっと笑うため泣いてたの
ポケットでぽけーっと僕の切符
乗り越しラブストーリー

 

ずっと幸せな思い出が続いていた中で『泣いてたの』と、初めて過去に関してネガティヴな表現が出てきた。
ここでの『揺れる僕ら』は当時の2人の関係性の不安定さを表しているとして。ずっと続くと思っていた幸せが徐々に崩れていった、その過去を時間軸通りに辿ってしまったんじゃないかと。
 
『泣いてた』、恐らくは2人の別れについて『きっと笑うため』と、どうにか前向きな意味をつけようとしたけれど、『ポケットでぽけーっと僕の切符』当時の「僕」の恋心はそれを全て受け入れることが出来なくて、ただただ呆然としていたのかもしれない。
 
 
 
僕を待つ君がもしいたら
どんなに笑えんだろう
本当は知ってた サヨナラだって

  

このDメロ部分、今電車に乗ってる時点のことなのか、それとも過去のことなのか、それまで具体的だった話の輪郭がかなりぼんやりしているパートになっていて、どう物語になるんだろうと考えたのだが、よく分からないので、もうとんでもなく妄想で創作な私の中のストーリーを書きます。
 
 
回想その4。
不安定になってきた2人の関係。もしかしたら直前に大きな喧嘩をしてしまったのかもしれない。
けれど前々から、その日2人は一緒に出掛ける約束をしていて、駅で待ち合わせていた。
 
私の中で、この【乗り越しラブストーリー】に出てくる電車は、都会の「一駅=歩ける距離な数分おきにやってくる忙しない電車」じゃなくて、田舎の「2、30分に一本しかも3両くらいでやってくる鈍行」のイメージで。
 
その日「僕」が彼女を待っていた駅も小さな駅舎、もしかしたら駅員さんもいないような無人駅。
 
『僕を待つ君がもしいたらどんなに笑えんだろう』
 
待ち合わせをするといつも自分より先にいて、笑顔で「遅いよ〜」なんて言ってくるのに、その日、駅に行っても彼女はいなかった。
「僕」は仕方なく、目的地までの切符を先に券売機で買って待っているんです。
けれど、約束の時間を10分過ぎても、1時間過ぎても、待てども待てども彼女はやってこなかった。
 
『本当は知ってたサヨナラだって』
 
きっと「僕」は、彼女が来ないことを分かってた。分かっていたのに、易々と受け入れることが出来なくて。
けれど、いつまでも来ない人を待っているわけにはいかないから、未使用の切符をポケットに捻じ込んで帰っていく。
そうしてここが、2人の恋の終わりになってしまった。
…もしかしたら「僕」はまだこの時の切符を捨てられずに、何処かにしまっているのかもしれない、なんて。
 
 
 
君の切符 幸せそう
僕が降りる駅 見えてきたよ

 

ここで視点は現在に戻ってくる。
『君の切符』つまり、「君の恋心」はいま幸せそうに見える。
この時点でも「僕」は声を掛けられてはいないはずなのに。普通、電車で見かけた人が幸せそうかそうじゃないかなんて、そうそう判断できるものじゃないのに。
 
「今の相手が乗ってきて君に寄り添った」「君が駅を降りると相手が待っていた」と、「君」が幸せそうだと思った具体的な「何か」があったということも考えたが、その後の駅が『見えてきたよ』と進行形であることから、走行中であるように思えたので、ここはいっちょ趣深くいきます。
 
 
いま目の前に「君」がいるけれど「僕」は目を閉じて、散々彼女との幸せだった日々を思い返していた。2人の恋が終わったあの日のことも。
そうして全ての思い出を辿って、もう一度目を開けてまじまじと見つめた「君」の左の薬指に、見覚えのない指輪が光っているのを見つけてしまう。
 
『君の切符幸せそう』あぁそうか、いま「君」は僕の知らない「誰か」と幸せになっているんだ。
 
 
 
『僕が降りる駅見えてきたよ』
 
これは、単純に自分が降りる駅がもうすぐだということだけではないのかと。
 
そもそもタイトルにもなっている「乗り越し」とは、本来降りるべき駅で降りずにその先まで行ってしまうこと。
 
この曲の中で「乗り越し」てしまったのは「僕」の「恋心」だと、私は思っている。
 
本当は2人の恋が終わったあの時に、置いてくるべきだった恋心を、こんなところまで持ってきてしまった。降りるべき場所に降ろせなかった。
 
そんな「乗り越し」てしまった「恋心」を、ずっと捨てられなかった気持ちを、いまの幸せそうな「君」を目の当たりにすることで、やっと本当に終わらせることが出来そうな気がした。
 
だからあの日「乗り越し」た「恋心」をようやく降ろすことが出来る『僕が降りる駅見えてきたよ』
 
 
…我ながらDメロの想像と創造が大暴走してますね。
 
 
 
 
ガタンゴトン揺れる僕らは
出会い別れまた恋をして
ドンと構えた僕の切符
乗り越しラブストーリー
乗り越しラブストーリー
乗り越しラブストーリー

 

ここで最初のサビと同じ歌詞になる。
けれどきっと、この二つのサビの「僕」は全く違っていて。
 
冒頭のサビは、もう終わった恋に自分が未練を残していることに気付いてもいないのに「恋は出会いと別れを繰り返していくもの」なんて知った風に『ドンと構えた僕の切符』
 
最後のサビは、しっかりと自分の中で恋を終わらせた上で「恋は出会いと別れを繰り返していくもの」だということを本当の意味で理解し、前を向くことができた『ドンと構えた僕の切符』
 
全く同じサビでも、一曲の中で主人公が成長した様を表しているように聴こえてしまう。もしも重岡くんがここまで計算した上で、最初と最後に同じサビを持ってきたのだとしたら…末恐ろしい…。(たぶん考えすぎ)
 
 
 
揺れる心 行け涙
僕の"愛してる"

 

ここはエピローグのようなものだろう。
 
「乗り越し」た「恋心」をちゃんと終わらせたけれど、その瞬間に全てスッパリ何もかも消してしまえるわけもなくて。(それがまた重岡くんが書いた2人はありふれた「歌の中で動く架空の人物」でなく、どこか人間臭くて、だからこそ「実際に歌の中に「僕」が生きている」ように思えてしまう)
 
自分は目的の駅で降りたけど、まだ「君」は電車に乗っている。(気持ちではなく実際の行動の話)
結局最後まで声は掛けられなかったし、「僕」に気付くこともなかったけれど、進み出す「君」を乗せた電車に、僅かに残った『揺れる心』も『涙』も、そして最後に伝えられなかっただろう『"愛してる"』も、全部全部、遠くなっていく「君」と電車にぶつけることで、「僕」はようやく先へと進むことが出来たのかもしれない。
  
それまでずっと穏やかで優しい歌い方だった2人が、ここだけ力強く歌っているのは「あ"ーもう!ほんまに大好きやったで!!!!」って、残った気持ちを全部まとめて丸めてひっくるめて、遠くなっていく電車に叫ぶような、そんな画が浮かぶんです。
 
そうして「僕」は、ひとつの恋を終わらせた。
 
 
 
 
 
っていうのが、私の中の【乗り越しラブストーリー】でした。
 
ふぃー!スッキリ!!!やったぜ!やってやったぜ!!!重岡くんは自分の書いた歌詞でここまで言われるのなんて想像してないだろうし、気持ち悪がられそうだけども!!!!!
 
 
 
あ、コンサートのパフォーマンスに関してはまだ「しんどい」以外の言葉を吐くことが出来ないので、オーラスまでにどうにか形に出来ればいいなぁ…。